隠れ家的日々語り

人生、いろいろ。毎日、いろいろ。

同じ言葉を使うものは

ジャーゴンって、この記事で最近知った言葉なんだけどね。

https://bunshun.jp/articles/-/36616

特定集団で使われる、隠語とか、共通の用語のこと。

 

同じ趣味や価値観の人が、同じ言葉に感染していくのがTwitterではよく見える。

流行ってるものの言葉を応用してみたり、仲間内だけで通じる言葉を使ってみたり。

それでしか生まれない面白さももちろんある。

 

とはいえ、なんだろう、それを理解して、応用して、面白がれなければ仲間になれないのもわかってしまうというか…。

 

心理学では、ミラーリング(効果)とか、類似性の法則とかって、調べたらごろごろ出てくるんだけど、その逆というか。

 

その人にとって重要な話をしている時でも「何を言ってるかわからない人」になることはままあるから、まあ、仕方がないことだけどね。

解決してないからまた書いておく。

ペットが亡くなったときに「幸せだったのだろうか」と問うのはなぜなんだろう。

 

何度もそういう場面を見かけるので、そういう気持ちになるもんなんだろうな、と理解をしているんだけど。

 

配偶者のときにも「自分と関わって幸せだったのだろうか」と思うものかな、とは想像していて、人間ならまだ監禁されていない限りは自由意志の結果ということにできるわけだけど。

 

ペットは基本的に、そこでしか生きられないような状態で、自殺の選択肢はなく、人がすることはだいたい「人から見て必要なこと」なわけで。

 

「幸せでいて欲しくて、できるだけのことはした」以上のことは、単に自分のための願望・答えだろうと思う。

 

それなら、やっぱり欲しい言葉以外は「違う」んだろうな、と、そっと画面を閉じる。

共感ができる人はたくさんいるようだった。

 

飼い主がしたいこと以外には最初から目を瞑っている気がして、この問いかけはいつも居心地が悪くなる。

 

ちなみに2014年にもこのネタでブログ書いていた。

わたしが泊まりに行った日にペットが死ぬ人と付き合ってた10代の頃の話。

 

シマリスのとき。

夜中に、布団から天井を見上げながら、
「(シマリス)は、俺に飼われて幸せだったのかな」と言った。


「さあ?」
…という本音を隠して、「きっとそうだと思うよ」と言っておいた。


ケージのそばまで猫が来る状態でリス飼うのは完全に飼い主の都合だけど、それがリスにとって快適だったのかなんてわからない。


このクイズに間違うと、ものすごく機嫌が悪くなるのはわかって居たし、夜中に帰る手段がなくたって外に放り出される可能性も考えて、嘘をついた。

 

中型犬のとき。

翌日の予定を全キャンセルして、葬儀と火葬と納骨へ。

 

私も強制参加で、なんとも言えない時間を過ごした。

 

彼氏家族の思い出に共感もできず、まして故犬との交流は遠くから見ていた程度で。

「居合わせただけでさして知りもしないのに、なんかごめん」と思いながら骨を拾った。

彼の母親は、私に「あなたが来て家族全員そろうのを待っていたのかも」と言った。

さも、そう思われてあなたも嬉しいでしょうといった風に。

このエピソードひとつだけで、家族にならなくて、お互いに、本当によかったなといまだに思う。

本心がバレないように擬態し続けるのは、ほんとうに辛いことだから。

 

動物好きに悪い人はいない、というけど、その中にはエゴイズムの強さに自覚がないだけの人も一定数紛れ込んでいると思っている。

 

ペットの境遇と、衣食住が自立できない子供が親の機嫌を損ねないように暮らすのとが重なるからわからないのかなぁ、なんて、今回の新たな発見であった。

‪共感されたい理解されたい欲というか、感覚を否定されたくない欲みたいなものって誰でも大なり小なりあると思うけど、自分が他人の気持ちや感覚を「なんもわかんねぇ」ってなったり、「本音ではこうだけどこの人はこう言われたいんだろうな」みたいなこと口から出すことはないのかな。

 

それとも言ったらそれがら本心ってことに置換されるのかな。

それをするのが優しさって事になっているかもしれないけど…。

 

どこまで行っても、わかったつもりにしかなれないのに、他人にはそういう期待や欲を抱えて生きるのは、生きづらさを自分で作り出しているとも言えるような…。

 

こういう話をすると、あなたは環境に恵まれているからだ、とか、あなたがたまたま強いだけでみんながそうじゃないって言われるんだけど。

 

宝くじみたいな確率のために今後もずっとそういう飢えを感じて、常にゾンビみたいに他人の感情にたかって生きていくほうが、エラー出る回数多くて辛い時間長くなると思うんだよな。

 

運用でカバーするより、自分でデバッグする方が確実だと思うんだけどな。

 

‪好きと嫌いが等価だとしたら、

「好きは言ってもいいが嫌いはダメ」やその逆が起きるのはなんでなんだろうな。

自分と他人が違うことを受け入れられない人がいるからはっきりさせない方がいいからかな?

 

でもそれなら好きも嫌いも表明しないほうがいいよな…。

 

自分が嫌われていると悲しいのはわかる。

自分の好きなものが嫌われて悲しいのはよくわからない。

 

いくら良いところをアピールしたって、理解はされても生理的に受け入れられないとか、嫌いが深まる人はいなくならないのだから、それが悲しみだと知覚するのは通常の反応としても、悲しみ続ける、訂正し続けるのは損をしているような気がする。

 

誤解を解くための説得はわかる。

批判をされないための説得はわからない。

そういうのどこで覚えてくるの?

連日ミュートワードが増えていくんだけど、ふと考えたらこの不愉快って「その人が、そういうコンテンツで学習して肯定されなければ、成立しなかったのでは?」と思ってしまった。

 

ねえ、「メスガキにわからせる」とか

「妊娠したいなら妊娠したいなりの格好をしろ!」とかそういうのどこで覚えてくるの?

 

えっ、エロ同人?

正しく取り扱いできてない人に広まってるよ、ゾーニングできないならコンテンツごと規制するか罰則設けた方がよくない?

 

とか

 

えっ、まさか本気でそういうことしたいと思ってるってこと?おまわりさん呼ぼうか?

 

みたいな気持ちになるんだけど、

それをスルーするのが大人ってもんなんだろうねぇ。

 

そんなに心地よく馴染む表現なら、プリントアウトして家の窓に貼っておいたり、Tシャツに印刷してそれ着て買い物とか行ってきたら良いのに…。

物理で会うデメリットを超えるものとは。

「会う」の概念が変化して、他人の存在がバーチャルでもそこそこ感じられるようになったとき、物理的に会う前に「この人からウィルスをうつされて、自分が苦しんでも(あるいは手の施しようなく死んでも)よいか?」って基準ができるんじゃなかろうか?

 

「誰となら感染のリスクをお互い様と認識しあえるか?」とか、

「"それ"は物理的に会うリスクを超えるだけの価値があるのか?」と考えたり?

 

結婚相談所やマッチングサイトみたいな「スペック判断」が日常的に・メンバー的に・イベント単位で行われるようになるのかも…。

 

みんながそうしているとか、物心ついた時からそれが当たり前だったから受け入れていた事を、拒否してもよい合理的な理由が出てきた時に、個人がどんなふうに折り合いをカスタマイズしていくんだろうなーって興味がある。

 

これまでは「私が対面の時間を許されるのは、見合う対価の提供を期待されているから」みたいな感覚は薄かったと思うんだけど、これからはもしかすると、多くの人が持つようになるのかもしれないし。

 

お互い様と思えない相手が紛れているときに、どうコントロールするのかとか。

 

「お互い様」どうしの物理密は上がって、「それ以外」がうっかり紛れ込まないように秘匿されることも増えるのかも。

 

家で暇しているフリを当たり前にこなせる「お互い様」だけの3密な集会が開かれている、とか。

 

物語ができそうだ。

オムニバスの主人公たちは、それぞれどんな立ち位置で世の中を見るんだろう。

声のこと。

いろんなところで、会ったことない人にも声を褒めてもらうことが増えた。

何かがだいぶ回復してきた気がする。

 

折に触れて何度も褒めてくれる人、歌や声が好きだって言ってくれる人は身近にもいて、それもありがたく頂戴しているんだけど、自分でも、録音聴いて「おおーやるなぁ」なんて思う機会が増えてきたからか、真に受けられるようになったのかも。

 

声に関してはネガティブなことを言われたのがずっとトゲのように刺さっていたな。

話し声がわざとらしいとか、アニメ声とか、歌が耳障りだとか。(相手都合でそういうタイミングもあるなって捉え方をしたほうがいいのだ思うけど)。

 

褒めて煽てた後で「ババア一生懸命すぎてキツいww」みたいな事をされたのもしんどかったな…。

 

親の反応もあまり良くなくて…。

まあ、教員で音楽の指導もやってたので、歴代の優れた比較対象からなる偏差値では左端だったのだろうな。

 

合唱コンクールでソロもらっても、英語朗読で賞もらっても、アナウンスの大会で選抜されても、聞いてもらった記憶がない。

あんなに下手なピアノの発表会は(母上は)見に来て録音までしてたのに…。

 

近頃の仕打ちとしては、スピーカーやヘッドホンを接続せずに動画再生して「見た。楽しそうだった」とか言う。聞く価値はないか…。

 

自分としては、マイク通せば言葉がよく通る、そこそこ良いものを持ってると思うんだよね。喉も丈夫だし。

 

もっと若い頃に自信持って伸ばしていけてたらなぁ

…と言いたくなることもあるけど、きっと若い頃にやってたら、今みたいな事にはなってないだろうな。

 

これまでは道を踏み外さなくて良かった。

これからも変な増長しないように気をつけて生きて行こう…。

 

明瞭って表現が嬉しかった。

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